影紳士  作:kohtさん


一人の女の子がいました。
その女の子の足からは、一つの影がのびています。
女の子と影は、いつでもいっしょです。

女の子がお母さんのおなかの中から生まれたとき、女の子の影も同じように、お母さんの影から生まれました。
それからずっと、影は女の子といっしょにいます。
晴れの日も、くもりの日も、雨の日も。いつも女の子といっしょにいて、いつも同じうごきをします。
ですが、女の子は生まれた時から、目が見えません。だから、女の子は影のことを知りません。
だけど、ずっと、いっしょ。

女の子はお話がだいすきです。だれかとお話をするのも、だれかにお話を聞くのも、だいすきです。
影は、そんな女の子のことがだいすきです。
ですが、女の子は影のことを知りません。
それでも影は、女の子のことがだいすきです。女の子のお話を、影はいつも楽しそうに聞いています。
「だけどたまには、ぼくも女の子とお話がしたいなあ」
そう、影は思いました。
ですが、女の子は影のことを知りません。
それに、影は人とお話をしてはいけないことになっています。
影が人とお話をするなんて、聞いたことがありません。

女の子は目が見えないので、おともだちといっしょにあそべないことがあります。
走ったりとびはねたりすると、すぐにころんでしまうのです。
今日もみんなはおにごっこをしています。
なかまに入れてもらえない女の子は、目が見えないので、それを見ていることもできません。
みんなが走る音と、楽しそうな声だけが聞こえてきますが、女の子は一人ぼっちで、ただ、じっとしているだけ。
そんな時、女の子はさみしくてしかたがありません。
そんな女の子を見ている影は、かなしくてしかたがありません。

夕方になると、みんなが家に帰りはじめました。
女の子も家に帰ることにします。
女の子は今日も、みんなとあそぶことができませんでした。
みんなとあそびたかったのに、みんなといろいろなお話をしたかったのに、それができませんでした。
女の子はかなしくて、とうとうなきだしてしまいます。
女の子につられて、影もなきだしてしまいます。
ゆうやけ色の帰り道を、一人の女の子と一つの影が、なきながら歩いています。
「みんなとあそびたいのに、いろんなことがしたいのに、何もできなかった」
そう言って、女の子はないています。
女の子といっしょになきながら、影はどうにかして、女の子をなぐさめてあげたいと思いました。
「そんなことはないよ。きみはいろいろなことができるんだ。それに、きみがいなくちゃ、ぼくはここにいられないんだよ」
そう、つたえてあげたかったのです。
ですが、影は人とお話をしてはいけないことになっています。
影が人とお話をするなんて、聞いたことがありません。

それでも影は心にきめました。女の子に話しかけてみよう。
そうして、だいすきな女の子をなぐさめてあげるんだ。
影は生まれてはじめて、女の子とはちがううごきをしました。
夕方の、せの高い影が女の子の後ろに立って、こう言います。



「お嬢さん、落としましたよ…    私を」


 

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