アイリンと王女







ムーンブルクの王女、アイリン。

王家の人間として、また、来るべき日の為に、アイリンは勉強の毎日だった。

国や政治についての勉強。

作法に社交ダンスの稽古。

攻撃呪文と回復呪文の修行。

ムーンブルク王家に生まれてきた以上、王女としての自らの役目だと言い聞かせてきた。

……だが、とうとうそれに耐えられなくなってしまった。

何でもそつなくこなしていくアイリンに、教師たちはどんどん課題を増やしていった結果がこれだ。



「もぉ〜う嫌じゃああ! 明日のスケジュールを見るだけで耐えられぬわあああ!」



そして深夜。

アイリンは城の外へ抜け出す事を思い立った。

ほとんど出た事の無い城の外。

その外の世界へ、アイリンは期待に胸を躍らせていた。

「まずは部屋の壁を壊すか……」

アイリンは部屋の壁に触れた。

四方の壁にペタペタと触れ、脆そうな箇所を探す。

しかし、そんな部分は全く無かった。

――これは大金槌があったとて、壊せぬのう。装備できぬし、持ってもおらぬが…………。

頑丈な石でできた壁はひんやりと冷たく、そして硬かった。

「む、むぅ……。某国の王女は蹴りで破壊したというが……か弱い私には到底無理じゃな」

仕方なく、壁を壊す事は諦めた。

しかし、それくらいで諦めるアイリンでは無い。

アイリンは正面から出て行く事を試みた。



キキィ……。



夜のムーンブルク城にドアの音が響く。

一歩踏み出せば、その足音すら不気味に響き渡る。

「ふ、ふむ。我が城も夜はなかなか不気味じゃのう……」

そうは言うものの、正直怖いアイリン。



廊下は城の兵士が定期的に巡回する。

今は丁度、誰もいない様子だ。

――ふむ。今がチャンスじゃな。

壁伝いに柱から柱へ移動していく。



タッタッタッタ…………。

ヒタ、ヒタ、ヒタ…………。



心なしか、アイリン以外の足音が聞こえた。

「む?」

振り返るが誰もいない。

――気のせいかのう?

急ぎ足で移動するアイリン。



タッタッタッタッタ…………。

ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ…………。



アイリンは誰かがいるように感じた。

しかし、何度振り返ってもその姿は無い。

――まさか、我が城に……幽霊か?!

アイリンの中で恐怖がこみ上げてくる。

しかし、自分の部屋は遥か向こうに位置している。

このまま戻るくらいなら先へ進むのがアイリンの性格だ。

――負けぬ。幽霊如きに負けてなるものか!



『我が力……、

その存在を示し、

悪しき者を払いたまえ……」



「トヘロス!」



呪文の効果でアイリンの周囲に結界が生まれた。

これで幽霊は結界によりアイリンに近寄れないはずである。

しかし、モンスターの存在しない城内では効果が無い。

これはアイリンの心を強く持たせるためのものだった。

アイリンが再び歩みを進める。



タッ……タッタッタ……。

ヒタ……ヒタヒタヒタ……。



まだ聞こえる足音に、アイリンは恐怖した。

「だ、誰じゃ?!」

一歩踏み出し、すぐに振り返った。

すると、やはりそこには誰もいない。

――本当に気のせい何じゃろうか……?

再び前を向くと、アイリンの目の前に老人の顔があった。



「ばぁ〜?」



「うぎゃ――ム、ムムムウウウッ!!」



バコンッ!



老人は必死にアイリンの口を塞ぐが、アイリンの持っていた杖が顔面にめり込んでいる。

「イタタタ。アイリン様、ジィでございます」

よく見るとアイリンの見知った顔。

そこにいたのはアイリンの雑用係のお爺さんだった。

「ジィか?! 人が悪い。私を怖がらせおって……」

ポンッ! と顔面から杖を引き抜き、アイリンに渡すジィ。

「失礼しました。怖がっている姫様を見てつい……」

顔をさすりながら弁解するジィ。

アイリンにとってはたまったものでは無い。

「私とて幽霊は怖いのじゃ。それよりジィ。さっきの事は不問にするから、キメラの翼を貸して欲しいのじゃ」

方向音痴のジィはいつもキメラの翼を持っていた。

アイリンはそれをよく知っている。

「仕方ありませぬな……で、何に使うのですかな?」

ジィはアイリンが城を抜け出す事を知らず、キメラの翼をアイリンに渡した。

「フッフッフ。こうするのじゃ!」

キメラの翼を高らかに投げると、アイリンはその力によって城から抜け出した。

暗い廊下の中で一人取り残されるジィ。

「おお! 姫様は城を抜け出そうとしておったのか。なるほどのぅ、それでキメラの翼か…………うお?! これはとんでも無い事をしてしまった! 姫様は飛んでおるが……」

ジィはやっと状況を理解し、すぐに兵士達の所へ向かった。

しかし、気が動転しているせいか、足がもつれてその場に転んでしまった。

ジィの持っていた道具が散らばる。

「イタタタ……こんな時に…………」

散らばった道具を片付けていると、そこにキメラの翼が落ちているのに気が付いた。

「あ〜ん? ……おぉっ! 姫様に渡したのはキメラの翼では無かった! わしが作ったドラキーの翼じゃ!」

アイリンが使ったのは、ジィが気紛れで作ったドラキーの翼だった。

しかも、まだ一度も使った事が無い代物。その効果はジィにも分からない。

「と、と、とにかく。急ぐんじゃ!!」

ジィは再び走り出した。



この晩、アイリンが居なくなった事を知り、城中が大騒ぎになってしまった。





▽△





決まった区間を一定の周期で飛び回るキメラとは違い、神出鬼没なドラキー。

まるでその生態が表れているように、ドラキーの翼で作ったドラキーの翼は右へ左へと場所を点々とし、一向に降り立つ気配が無かった。

とんでもない道具に振り回され、アイリンの体力はどんどん減っていった。

そしてついに、アイリンは城でも街でも無く、見た事も無い森の中へと飛ばされてしまった。

「うぅ、目が回るぅ〜。ジィめ、不良品を渡しおって……」

散々に振り回されたアイリンの体力は半分になっていた。

「しかし……ここはどこじゃ?」

どこを見ても、同じ風景の森の中。

見渡す限りの木々。

暗い闇夜も手伝って、辺りは不気味さを増していた。

――こ、これは怖い……怖いよぅ…………。

予期せぬ出来事に、アイリンの恐怖心が芽生えてしまった。

どうすればいいか分からず、その場に座り込んだ。

アイリンは外の世界を知らない。十三歳とはいえ、その恐怖に体を震わせていた。



ガサガサッ……。



「ヒッ! だ、誰じゃ?!」

もはや風に揺れる木々の葉音にすら恐怖するアイリン。

――こんな時、ルーラが使えたら……。

ルーラの呪文は既に勉強済み。

しかし、城を一歩も出た事の無いアイリンに、城の正確な場所や地形を思い描く事ができないため、ルーラは使う事ができない。

もし手にしているのがドラキーの翼では無く、キメラの翼だったなら、キメラの力でそのまま帰る事ができたのだった。



ガサガサガサッ!



「うぅ、怖い……」

もはや一歩も動けなくなってしまった。

見ず知らずの土地で、モンスターに襲われるかもしれない。

誰も助けてはくれない。

アイリンの目に涙が溢れてくる。



ガサガサガサ……ドテッ!





茂みの奥から何かが転がってきた。

「わあぁ!」

アイリンは思わず声を上げる。だが、そこから動く事ができない。

「イタタタ……あれ?」

茂みから出てきたのは人だった。

その人物は首を傾げながらアイリンの元へやってくる。

月明かりに照らされた二人が、お互いの顔を確認し合った。



『…………ん? おおぉ?!』



そして同時に同じ声で同じ言葉を発していた。

アイリンの目の前にいるのは、アイリンと同じ顔をした女の子だった。

すかさずアイリンが右手を上げると、その女の子も右手を挙げた。

『……………………?』

――やはり鏡では無いのか。

これが鏡なら女の子は左手を挙げている。

アイリンと似ている女の子も、同じ考えだったらしい。

スッと、アイリンは杖を手にして立ち上がった。



「モンスターめ、出おったな! マネマネか?!」

(注:DQUにはいません)

幽霊ではなく、相手がモンスターだと知ると、急に恐怖が吹き飛び、正義感が強まっていく。

杖を振り上げ、戦闘態勢のアイリン。

「………………?」

しかし、アイリンに化けたと思われたモンスターは何もせず、ただじっとアイリンを見つめていた。

そして一言。

「おぬし……声もわしにそっくりじゃな…………」

アイリンとそっくりな声でそう呟いた。

「う、うむ? おぬしは人間か……」

振り上げた杖を降ろし、アイリンは自分に似た女の子に近寄った。

――似ておる。本当に似ておるなぁ……。

「おぬしは……ムーンブルク王家縁の者か?」

「そうでは無いが……おぬしも王家の者か!」

二人して不思議そうに見つめ合うと、同時に笑った。

同じような顔で同じような声で笑いあう。

お互いがお互いを、敵では無いと察した。

「私はアイリン。ムーンブルク国の王女じゃ」

「まだ幼名じゃがイトと言う。モンドブルク国第三王女じゃ」

本来なら簡単に身分を明かさない二人だったが、今回は違った。王女の勘なのか、信じられる存在だと感じていた。

「ふむ。聞いたことの無い国じゃが……イト殿のお歳は?」

「今年で十一歳になる」

「ほぅ。私の方が二つ年上じゃな」

アイリンは十三歳。イトは十一歳。

二つ歳が離れているのに、こんなにも似ている。

『しかし……よく似ておるのう』

二人は声を揃えてそう言うと、再びまじまじと見つめ合う。

「わしはドッペルゲンガーかと思ったぞ。人に姿を変えて襲ってくる魔物じゃ」

「魔物? モンスターか? 私はマネマネかと思ってしまった。もしかすると地方によって呼び名が違うのかものぅ」

アイリンもイトも、自分の国と他の国の違いを知った。

異国の文化に触れ合える事に新鮮さを感じていた。



「あっ、イト殿?」

アイリンはおもむろにイトの手を引いた。

「痛っ!」

イトの腕から血が流れている。

「やはり、ケガをしている。薬草か何か持っておらぬか?」

「いや、持っておらぬ……」

アイリンも、持ち合わせてはいなかった。

「イト殿は治療呪文を使えるか?」

「治療、呪文……?」

――呪文が存在無いのか? ホイミを使っては不信がられるじゃろうか…………?

不安げにイトを見ると、イトは笑顔で応えた。

「何か?」

「いいや、何でもない」

――イト殿ならきっと大丈夫じゃな。

アイリンはイトへ治療呪文を試みた。

今日は呪文の稽古が多く、睡眠も取っていない。

どれ程のMPが残っているか分からなかったが、アイリンは残りのMPを全て使ってでも呪文を使う気でいた。

ドラキーの翼に振り回され、アイリンの体力も半分近くまで減っていたが、イトを放ってはおけなかったのだ。



『聖なる風よ……

その大いなる力を持って、

彼の者に癒しの息吹を与えよ』



「ホイミ!」



「おおっ! …………おぉ?」

イトの腕に光が包み込まれたかと思うと、一瞬のうちに消えてしまった。

「MPが尽きた……涙のどんぐり程度じゃ〜」

呪文の効果にがっかりするアイリン。

しかし、それでも止血する事には成功していた。

「痛く、無い……。これはおまじないか?!」

イトには呪文では無く、何かのおまじないだと信じきっていた。

「そ、そうじゃ。おまじないじゃぞ」

「ほぉ、すごいのぅ……」

「じゃが手当てをせねばならぬぞ?」

アイリンは持っていたハンカチをイトの腕に巻いた。

「あっ……」

「これで良し! 痛み出したらまた――――ん? イト殿。どうしたのじゃ?」

イトはアイリンが治療してくれた腕を押さえてうつむいていた。

「痛むのか?」

「い、いや……そうでは無い」

「うむ? では?」

「……血の繋がった姉上よりも、アイリン殿の方が姉上のように感じてしまってな……」

何か思う所があるのか。イトの目に涙が浮かんでいた。

「申してみるがよい。私で良ければじゃが……」

イトは小さく頷いた。

「わしの王家は一夫多妻制なのじゃ。姉上達や弟とは腹違いの姉弟。そのせいか、まるで他人のようでな…………」

幼い頃に母を無くしたアイリンには兄弟がいない。

城の人達も王を慕い、王女であるアイリンも慕っている。

周りの人達に恵まれたアイリンには持ち得ない悩みだった。

「別に何かされる訳では無いが、話しすらしないのでな。それがとても寂しいのじゃ…………」

イト自身も、周りの人達には恵まれている。だからこそ、姉弟との温度差をより感じてしまうらしい。

「ふむ。それでイト殿は城を抜け出してきたのじゃな?」

ドキッ。イトは気まずそうに視線を泳がせた。

「いや、その……最近どうも城の勉強がキツくてのう……」

「……なんと、イト殿もか! …………あっ!」

慌てて口を塞ぐアイリンだったが、しっかりイトの耳に届いていた。

二人は顔を見合わせ、笑ってしまった。

「まさかアイリン殿も同じ理由とはのう」

「フフッ、王女じゃからのう」

アイリンもイトも、同じ理由で同じ夜に城を抜け出していたのだった。

二人とも、自分たちがとても近い存在に感じていた。

「王女に生まれて、苦労はしていたが……イト殿のような王女がおるのなら、まだまだ頑張れそうじゃ」

「わしもアイリン殿のような王女に会えて良かった」

そしてまた、二人は笑い合った。



「さて、そろそろ行くか」

「ふむ……しかし、どこへ向かえば良いのやら」

右も左も同じ風景。

道らしい道も存在しない。

来た道すら分からなくなっている。

「大丈夫じゃ」

アイリンは杖を地面に立たせ、その上に手を置いた。

そしてゆっくりと手を離すと、杖は右手側へ倒れ、その場に転がった。

「こっちじゃ!」

杖が倒れた方角へ、アイリンは自信満々に指差した。

イトはポンッ。と手を叩いた。

「凄いのう。そんな裏技があるとは思わなかった!」

アイリンの言葉に、イトは素直に感心した。

さすがはアイリンと同じ顔と境遇を持つイト。

その性格もかなり似ているらしい。

アイリンの言動を全く疑っていない。

「うむうむ! 名前の変更から水の羽衣の増殖まで何でもござれじゃ!」

「よく分からぬが……アイリン殿は博識じゃのう」

あれ程この森が怖くて不安だったアイリンが、今では微塵も恐怖を感じていなかった。

それは自分と同じ強さを持ったイトと出会ったからなのかもしれない。

一緒にいるだけで、まるで十年来の友のような安心と信頼を感じていた。



二人は道中、自分たちの国の事や家族の事、これからの自分たちの事について、語り合った。

王女としての責任が強い二人だったが、いつの間にかそれぞれの国以外の事を話していた。

大切な宝物や、好きな花。好きな食べ物など……。

お互いにこんな事は初めてだった。



――しかし、これだけ歩いていてモンスターに遭遇せぬのはなぜじゃ? ……あぁ、トヘロスの効果か!



「むっ?! アイリン殿、見よ! 家じゃ!」

イトが差す方角には確かに家がある。

こんな夜中だというのに、家には明かりが点いていた。

夜の森の不気味さと相俟って、かなり怪しい。

「……行ってみよう!」

「うむ。当然じゃな!」

そうだというのに、二人は躊躇いも無く向かっていく。

警戒心が無い訳では無い。

可能性があるのなら考えるだけ無駄だという考えだ。

本当に二人はよく似ている。



家の前に出ると、アイリンは足を止めた。

「アイリン殿?」

イトもそれに合わせて足を止める。

――イト殿はケガをしておる。ここは私が様子を見に行くべきじゃな……。

「イト殿、ここは――」

「お断りじゃ」

「――えっ?」

まだ何も聞いていないのに、イトは断っていた。

「ここが本当に危険なら、どこに居ても同じ事。それに、もし何かあっても、二人なら活路を見出せるかもしれん……だから、行くなら二人でじゃ!」

イトはアイリンが言わんとしていた事を理解していた。

似ているからこそ、その考えも似ている。

――なら、言い出したら聞かぬのじゃろうな……。

「もしもの時、私はイト殿を守れぬぞ?」

「わしこそアイリン殿を守れぬよ?」

二人は顔を見合わせて笑った。

「……イト殿は勇者の血族かものう」

「ん? 勇者?」

「何でも無い。では行こうか!」

「う、うむ!」

意を決して、二人は家の門をくぐり、扉の前に立った。

二人は顔を見合わせて同時に頷き、扉をノックした。



コン、コン。



ノックをするが、返事が無い。

「たのもう!」

「誰ぞおらぬか?!」

声を掛けても、返事は無い。

「……少し待つか。イト殿、これは人の住家だと思うか?」

「木こりなら近くに木を積んでいる。猟師なら火薬の臭いがする。……なら、魔女かもしれぬな」

イトの考えに、アイリンも頷いた。

しかし、イトの言う魔女と、アイリンの考える魔女は違っていた。

呪文の概念を知らないイトに、魔女とは危険な存在という認識だが、呪文が一般化しているアイリンにとっては、普通の人でしかない。

アイリンは幾分か安心していた。



少しして、重い音と共に家の扉が開かれた。

「……どなたですか?」

ブロンドの長い髪をした女性が顔を覗かせた。

優しそうな感じに、二人は安堵した。

「実は道に迷ってしまって……」

「少し休ませてもらいたいのじゃが……」

ボロボロの格好の二人を見て、女は急いで扉を開けた。

「それは大変! さぁ、中に入って――――」

女の姿を見て、二人は驚愕した。

そして同時にその女を指差した。



『大変なのはおぬしじゃ!』



声を揃えてそう言うと、女は目を丸くする。

「……何がですか?」

「若い娘がバスタオル一枚で、はしたない!」

「わしらが危ない男だったらどうするつもりじゃ?」

女は白いバスタオル一枚に身を包み、その抜群のスタイルが強調されていた。

「お風呂上りですからね」

しかし女はそういう意識は全然無い模様。

何がはしたないのか危ないのか、解っていなかった。



『ええい、そこに座れ!』



二人は女を椅子に座らせ、なぜか年上の彼女に説教をする事になった。

三十分後。

二人の説教から開放された女は、着替えの為に奥の部屋へと入っていった。



「ふぅ、やれやれじゃな。む、どうしたのじゃ?」

イトはアイリンを見た後、女の入った部屋の扉を見ていた。

「……胸が、大きかったのう」

そういうイトはまだ十一歳。無くは無いが、あるとも言えない大きさ。

「う〜む、そう……じゃな」

かくいうアイリンも、その点は気にしていた。

アイリンもまだ十三歳。イトとあまり大差が無いのだ。

「わしらもあれくらいになるのじゃろうか……」

「だ、大丈夫じゃ! むしろあの者が大き過ぎるのじゃ!」

少し焦りながらも、イトをフォローするアイリン。

「そ、そうじゃな! まだまだこれからじゃ!」

「そうじゃそうじゃ! 私たちは若いからのう!」

あての無い希望に二人はすがり、乾いた笑い声が自信無く部屋に響いていた。

どちらも、そんな心配などいらない程の美人になるのだが、それはまた後のお話…………。



「あのぉ、お待たせしましたぁ」

黒いローブに身を包み、女が部屋から出てきた。

二人はなるべく女の胸を見ないように努めていた。

「ようこそ。グランマーズの占いの館へ」

グランマーズと名乗る女は、中央の水晶のあるテーブルの前に座った。

「占い? おぬしが占い師か?」

「それは好都合じゃ。さっそく占ってもらおうか」

二人は互いの帰り道を占ってもらう事にした。

「えぇ〜っと、料金はこのようになってますが……」



本日の占い=500G。

探し人・物=1000G。

恋愛相談=2000G。

人生相談=3000G。



『ふむ。思ったより破格じゃ』

二人は口を揃えてそう言うが、持ち合わせは0Gだった。

「後払いはできぬか? 私はムーンブルクの王女じゃ」

「わしはモンドブルク王女じゃ。帰れさえすれば払えるぞ」

それこそ、本来ならまかり通らない話だ。

だが、城から出た事の無い二人にそういう常識は無い。

「分割払いとかならできるんですけど……お二人が王女だという証拠はお持ちでしょうか?」

さっきの説教のせいか、グランマーズは二人に強く言えないでいた。



『証拠ならあるぞ!』



二人は同時に自らの胸を指した。

「私の胸にはムーンブルク国王女の誇りが刻まれておる!」

「わしもモンドブルク国第三王女の誇りが刻まれておる!」

自身満々に言い放つ二人に、グランマーズは何も言えなくなってしまった。

――言えない。本当かなんて絶対に言えない…………。

いざとなれば自分で占えばいいと自分に言い聞かせ、グランマーズは二人の帰り道を占う事にした。

「で、では! 占います、ね……」

グランマーズが水晶に手をかざすと、そこには小さな羽が浮かんでいた。

「お二人はどこから来たのですか?」

「ムーンブルク城じゃ」

「モンドブルク城じゃ」

少しため息をついた後、グランマーズは再び二人に聞いた。

「どこに帰りたいのですか?」

「ムーンブルク城!」

「モンドブルク城!」

「うぅ、やっぱり…………」

引出しの棚からキメラの翼を取り出すと、アイリンだけはグランマーズの言いたい事が分かった。

「そうか、これを使えばすぐに帰れたのか!」

「何じゃ? この奇妙な翼は……」

イトはキメラの翼を不思議そうに眺めていた。

「これはな、すぐに帰る事ができるおまじないが施してある不思議なアイテムじゃ」

「おまじないか。それで帰れるのならよいが……」

キメラの翼の効果を知らないイトには、少し不安なものだった。しかし、これで二人は帰る事ができる。

「これは占うまでも無い事じゃったな、グランマーズ殿?」

「ええっとぉ、ではお二人の未来を占いましょう」

「ふむ。それは面白いのう」



グランマーズは再び水晶に手をかざした。

まだ若い二人は、期待に胸を膨らませていた。

しかし、さっきのように水晶に何かが映し出される事は無く、代わりにグランマーズが険しい表情をしていた。

「…………お二人の運命が見えます。とても厳しい未来です。お二人の国は……崩壊します」

驚愕の事実に、二人は大きく動揺した。

自分達の国が滅ぶなど、二人は考えて事も無かった。

国やそこに住む人々のため、平和で豊かな国を築いていくと信じていたのだ。

「国が崩壊して……私たちはどうなるのじゃ?」

「わしらは生きておるのか?」

「はい。生きています……ですが、国にはいられなくなるでしょう。その後、どのような事が待ちうけているのか、ハッキリした事は分かりません…………」

まるで互いの心を支え合うように、二人は手を握り合った。

「どうすればいいのじゃ?」

「このまま滅ぶのを待つのか?」

二人は何とかできないものかと、グランマーズに駆け寄った。その心に、グランマーズは応えた。

「もう一度、見てみましょう」

二人は祈るようにグランマーズを見守った。

やはりグランマーズの表情は険しい。

しかし、その中でわずかな希望を見た。

「お二人に……それぞれ二人の男性の姿が見えます。彼らはお二人の未来に光りを灯す事でしょう……」

かすかな希望に、二人は喜んだ。

「一人はリシュワットの事じゃな!」

イトはその一人に心当たりがあるらしい。

「……リシュワット?」

「うむ。いつもわしを守ってくれる、強くて優しくて頼もしい者じゃ。後一人は分からぬが…………」

嬉しそうにそう言うイトに、アイリンは羨ましく思った。

「イト殿はいいのう。私には思い当たる人物がおらぬ……」

暗い未来に手を差し伸べてくれる人物。

その一人が分かっているだけで、幾分か気持ち的に楽だろう。その一人すら、アイリンには分からないのだ。

「……済まぬ、アイリン殿」

「良いのじゃ。いつかは会えるのじゃから……」

「そうです。それに、その残りの三人は他国の方です」

――そういう事なら、分からなくとも仕方が無い、か……。



「……あの、お二人は早く帰らなくても良いのでしょうか?」

グランマーズの言葉に、二人はハッとなった。

『い、今は何時じゃ?!』

慌てて時計を探す二人に、グランマーズは懐から時計を取り出した。

「もうすぐ夜明けですね?」

『ま、まずい! グランマーズ殿。世話になった!!』

二人は声を揃えてそう言うと、同時にグランマーズの家を出て行いった。





「アイリン殿! この翼を放り投げた方角が帰り道か?!」

イトは混乱している。

アイリンはイトの腕を掴み、それを阻止した。

「おおっ、違う違うっ! 帰りたい場所を思い描けば良い。後はキメラの翼が連れて行ってくれるのじゃ!」

おまじないだと説明していたが、アイリンは本当の事を言ってしまった。

「……それは不思議な話じゃな」

しかし、それだけで済ませてしまうイト。

アイリンの事をまったく疑っていなかった。



二人はそれっきり何となく黙ってしまった。

キメラの翼を使えば、問題無くそれぞれの城へ帰る事ができる。

だが、それは二人の別れでもあった。

たった一夜限りのパーティー。とても短く、小さな冒険。

それでも、似たもの同士の二人には、長く感じていた。

多くの時間を共にしてきたとさえ感じる。それ程、二人の王女は惹かれ合っていた。

しかし、王女としての立場から、ずっとこうして居られない事も理解していた。



「アイリン殿。同じ王女として、その活躍を期待しておるぞ」

「うむ。イト殿も、な……」

二人が待つのは決して明るい未来では無い。

辛く悲しい日々が、確実に訪れる。

それを二人は覚悟していた。

それも王女としての責務だと、若い王女達は考えていた。



「イト殿……私達の未来は、辛いものらしい」

「……うむ」

「だが、怖くは無いのう?」

「アイリン殿もか?!」

嬉しそうに、そして頼もしそうにアイリンを見るイト。

アイリンは力強く頷いて見せた。

「うむ。私と同じ王女が、同じ運命に立ち向かうというのなら、これほど心強い物はない」

「わしも同じ事を考えていた……どんな未来でも、わしは諦めぬ。それが王女としての誇りじゃからな……」

二人は互いを見て微笑んでいた。

その様も、本当によく似ている。

そしてその強さも、よく似ていたのだった。



イトはアイリンの手を取った。

「いつか、また……会える日を信じている。アイリン殿の国を探してみせるぞ……」

アイリンもまた、イトの手に手を重ねる。

「私もイト殿の国を探そう。そしてまた会えた時、存分に語らおうぞ……」

重なり合った手と手が、惜しむように離れていく。

イトはキメラの翼を手にし、高らか振り上げた。

それを見て、アイリンもキメラの翼を振り上げた。

二人は同時に、キメラの翼を放った。

淡い光がそれぞれを包んだ。



『――この、果てしなきセカイの何処かで…………』



二人はそれぞれの道へ、それぞれ在るべき場所へ帰っていった。





▽△





キメラの翼により、アイリンは城の前まで戻ってきた。

ムーンブルク城を見上げるアイリン。

――決して失いはせぬ。例え滅ぶ運命だとしても、何度でも蘇らせてみせる!



「お、王女じゃ! アイリン様ぁああ!」

城門の外を見回っていたジィがアイリンを発見した。

これでアイリンの小さな冒険は終わりを迎えた。

「ジィ。ドラキーの翼、なかなかじゃったぞ?」

「何を仰いますか! 二度と使ってはなりませんぞ!」



その夜以来、アイリンが城を抜け出す事は無かった。

どんなに辛くとも、同じ顔をしたもう一人の王女が頑張っていると思うと、自然と力がみなぎってくる。

アイリンは王女としての日々をまっとうしていくのだった。

いつか、再会できる時を信じて…………。











アイリンと王女・完



 

inserted by FC2 system