ラダトームで遊び人と別れてから、三日が過ぎた。
きっと心配しているな……早く大魔王を倒して帰ろう。
ドムドーラに着いた。
一人旅には、まだ慣れない。
牧場の茂みで、鈍く光る金属片――オリハルコンを見つけた。
メルキド。
街全体に閉塞感が漂っているのは城壁のせいだけじゃないらしい。
ふと、広場から歌声が響いた。柔らかいテノールの、恋の歌だ。
思わず遊び人の顔が浮かぶ。
……絶対、怒ってるだろうなぁ。
ビンタの一発くらいは覚悟しておこう。
メルキド南の祠に棲む精霊から、雨雲の杖を譲り受けた。
ひとまず用は済んだし、一旦ラダトームに戻るかな。
ラダトームに帰ってきた。
ここの宿で遊び人と別れたんだよなぁ……はぁ。
マイラ。小さい村だ。
温泉の近くで妖精の笛を拾った。
僕、楽器は出来ないんだけど……。
武器屋の主人はかつてジパングで刀鍛冶をしていたとか。
和やかに談笑していたが、ドムドーラで拾った金属片を見せた途端に職人の顔つきになった。
「王者の剣を蘇らせてみせる」という彼の言葉を信じ、オリハルコンを預けることにした。
マイラ西の塔で、精霊神ルビスを解放した。
あのヘタクソな笛の音で、よく封印が解けてくれたものだと思う。
…………待てよ。
精霊の力で、特定の人の周りに強力な結界とか張ったりできないもんかな。
そしたら危険も気にせず遊び人も連れてこられるんじゃないのか。
……え? あ、聞こえてました?
そんなのできたら真っ先に僕にかけるって?
……ですよね……。
はぁ……すみません…………。
王者の剣が完成したとの報せを受け、再びマイラへ。
武器屋に直行すると、主人が鞘に収められた剣を恭しく運んできた。
紺青の柄巻を握り、すらりと引き抜いて――思わず目を瞠る。
……なんて綺麗な剣だ。
思わず声に出ていたらしく、視界の隅で主人が自慢げに胸を張るのが見えた。
ラダトーム北西の洞窟で、ミスリル製の盾を手に入れた。
洞窟の最深部には、『魔王の爪跡』と呼ばれる巨大な地割れが走っている。
大魔王の力の一端を見た気がした。
……それにしても、王者の剣の使い心地は最高だ。
硬い鱗に守られた竜の首だって一振りで落とせる。
遊び人がいたら格好良いトコ見せられたのになぁ。残念。
遊び人、どうしているだろう。
最近、このことばかりが頭に浮かぶ。
長いこと一緒にいたから、遊び人の寂しがりが伝染したかな。
……大体、アレフガルドのこの暗さがいけないんだ。鬱々としてくる。
日が射したら、ここももっと綺麗な世界なんだろうけど。
もう何ヶ月経った……?
顔が見たい、声が聞きたい。
だけど、会えば連れていけって聞かないだろうし……。
……やっぱり全部が済んでからだな。はぁ〜、ガマンガマン……。
リムルダール。
水路に囲まれた綺麗な街だ。
明日、西の岬からいよいよゾーマの城に乗り込むぞ。
緊張は……ないな。これでやっと終わる、っていう安堵の方が大きいや。
虹の雫が造り出した架け橋で、大魔王の島に渡った。
ゾーマの城の中は禍々しい装飾でいっぱいだ。……趣味を疑う。
ゾーマ城の地下。
地底湖にかかる石橋の上に、大火傷を負った人が倒れていた。
失いつつある五感で人の気配を察したらしい彼は、光の無い目を泳がせて声を漏らした。
どうか伝えてほしいと語られる、遠い故郷に残してきた息子への、懺悔の言葉。
僕は横たわるその身体を掻き抱き、焼けた耳元に告げた。
―――父さん、もう十分だよ。休んでいいんだ。後は、僕がやるから。
声が届いたかは分からなかった。
小さく一つ息をつき――勇者オルテガは事切れた。
ほの暗い回廊の先に、倒すべき敵がいる。
まず出てきたのは父さんを殺したキングヒドラ。次にバラモスの親戚みたいな奴。
最後はゾンビと化したバラモス本人としたくもない再会を果たした。
バラモス城での戦いから半年くらいしか経っていないのに、すごく昔のことみたいだ。
斬り伏せたバラモスが足元で何か恨み言を吐いていたけど、よく分からなかった。
腐った喉の発する声なんか、聞き取れって方が無理だ。
玉座に迫ると大魔王はようやく立ち上がり、口を開いた。
気味の悪い口上に肌の裏側がざらつく。
お前の腕の中で死ぬ? 冗談じゃない。
悪寒を払拭するように取り出した光の玉を頭上に掲げた。
まばゆい光が、ゾーマの周辺に立ち込めていた黒い霧――闇の衣を剥ぎ取っていく。
これで多少の力は抑え込んだはずだ。さっさと終わらせて、僕はアリアハンに帰る。
ゾーマがにたりと口角を吊り上げた。
やっぱり気色悪い。
大魔王を名乗るだけあって、ゾーマは強い。
光の玉の力が働いてなお、無尽蔵の魔法力。
片手をかざせば無数の氷塊が空を切って地面を抉り、怯めば途方もない膂力で捻じ伏せられる。
その呼気は荒れ狂う吹雪よりも体温を奪った。
こちらも攻撃の手は緩めていないが……。
クソッ、なんで倒れない?
終わりない、ゾーマとの死闘。
次第に回復が追いつかなくなり、いつしか魔法力も底をついた。
温存していたはずの体力は、もう限界に近い。
威を失くした僕を嘲笑うかのように、ゾーマが目を細める。
余力を存分に残していることがありありと見て取れた。
――――僕が。
僕がやらなきゃいけないのに。父さんと約束したのに。
それに僕が帰らないと、遊び人が寂しがる――――。
次の瞬間、ゾーマの太い腕がしなった。
鋭い鉤爪が横ざまに揮われる。
跳び退いてかわしたはずだったが、鉛のようになった脚が一瞬の判断に遅れた。
まともに衝撃を喰らい、背中から壁に叩きつけられる。
腹腔に、何かの爆ぜる感触。
剣を落とし、地に膝をついて、僕はおびただしい量の血を吐いた。
だめか、僕では。
朱に染まる視界がどんどん狭くなって、頭の重くなるまま冷たい床に倒れ込んだ。
固く閉じた瞼の裏で、次々と過去の情景が浮かび上がる。
ああ、これが例の。死ぬ前に見るっていう……。
最後に残ったイメージは、うさぎ耳をつけた金髪の――――。
それすら手放す瞬間、幻聴が聞こえた。